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映画『レニングラード』死ぬまでに、一度は行ってみたい都市(現サンクトペテルブルク)

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上記の地図の赤点がレニングラード(現サンクトペテルブルク)である。

ピョートル大帝(1672年6月9日-1725年2月8日)が無理矢理に作り上げ、首都としたことで有名だ。

元々は、寒冷な湿地帯で、何もなかった場所である。(スウェーデンと同緯度なのでその寒さが半端ないことは分かる)

約20万人の農奴が、労働者として強制的にこの場所に集められた。

建設中に寒さと飢餓で約6万人が死亡したといわれている。約3分の1の死亡率である。

そのため「涙と屍のうえに」建てられたと非難されたこともある。

この都市には、建設当初から不吉な影がかかっている。

 

ちなみに、ピョートルとはキリスト教の聖人ペトロのことである。ブルグはドイツ語で都市のこと。

つまり、サンクトペテルブルクとは「聖ペトロの都市」である。

 

私の個人的な意見から言うと、レニングラードのままのほうが良かったと思っている。

1917年この都市で、レーニンが主導したロシア十月革命の結果、「レーニンの都市」になった。グラードはロシア語で都市だ。

レーニンとその弟子であるスターリンが、ロシア国民や周辺国に及ぼした暴力と破壊は言語に絶するものだが、それ故に、都市の名前を残したほうが良かったのでは。忘れないために。

 

レニングラードの歴史は、さておき、映画『レニングラード』のことである。

これはあまり期待していなかったが、結構当たりだった。

独ソ戦中にレニングラードはドイツ軍に包囲された。

それも882日間もである。

2年と150日間!想像を絶する。

この間に150万人が餓死した。

包囲作戦に耐えたロシア人も凄いが、この間包囲し続けたドイツ軍も恐るべき軍隊である。

包囲戦なので、映画的にはどうしても地味になる。飢餓に耐え続けるロシア人と包囲し続けるドイツ人。

→次回に続く