残念な映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』とアニメ『攻殻機動隊』重厚さの違い

映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』、残念な映画です。

これが、1995年より前に作られていれば、充分な評価を受けていたでしょう。

しかし、今は2017年です。

元になったアニメーション『攻殻機動隊』は、22年前の1995年に制作されました。

 

22年前といえば、コンピュータやネットワークの世界では、はるか昔のことです。

ネットの世界では、まだダイヤル回線。

有線にも関わらず、通信スピードはなんと、最高56kbps!

現在では、スマートフォンでも75Mbps~100Mbpsですから、kbpsに変換すると75000kbps~100000kbpsとなります。

1995年当時は、今の約1000分の1の速度しかなかったのです。

しかも、コンピュータのOSはWindow95です。(1995年ですから)

 

テキスト中心で、エロ画像を見るには10分から20分ぐらい待つ必要がありました。下手をすると1時間くらいかかりました。

忍耐強かった当時の自分を褒めたくなります。

 

しかも、Macを主に使っていた私は、度重なる「爆弾マーク」の出現とフリーズの嵐の両方と戦いながら仕事をしていました。

そのため、スティーブ・ジョブズが偉人のように評価されることが、さっぱり理解できません。

あんな不良品を作っていた人間が何故偉人なのか。本人について調べてみると分かることですが、天才であり、かつ人間としては不良品だったようです。

 

話がそれました。

映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』とアニメ『攻殻機動隊』について戻します。

残念な映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』のこと

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リメイクとしては、出来のいい作品です。

ストーリーもアニメの重厚さはありませんが、結構面白い。


スカーレット・ヨハンソンは決して嫌いな女優さんではないのです。

が、草薙素子少佐としては、年を取りすぎ。

(映画内では草薙素子は元ヤンキーで、記憶を上書きされ、その脳をミラ・キリアン少佐として使用していました)

せめて、十代くらいの女優さんにして欲しかった。

 

アニメでは、若くて色っぽい半人間のような素子少佐が魅力だったのに。

冒頭の、何のためらいもなくガウンを脱ぎ捨てて全裸になり、ワイヤー一本でビルから落下するシーンの色っぽさはたまらん。

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アニメーションで作画したスタッフの力の入れ具合がはっきりと画面に出ています。

映画では、本当にロボットのようです。

それはそれでまあいいのですが。

今でも1995年の『攻殻機動隊』が最高 

アニメでも続編は多く作られていますが、19995年の『攻殻機動隊』が、今だに最高です。


映像や音楽、ネットの海から新たなる生命が誕生するとの発想。

続編の追随をまったく許していません。

映像は素晴らしいし、音楽も川井憲次が作曲しており未来感は未だに衰えていない。

 

現実世界では、AIですら新たな生命として、人類史に影響を与える存在になることが確実視されています。

しかし、1995年当時にはAIすら、まだSFの領域でした。

そんな時代に、AIを飛び越えて、ネットの集合体から新たな生命が誕生するとした世界観には驚くべきものがあります。


発想としては、SFによくある設定かも知れませんが、その発想をアニメーションとしてここまで見事に表現したのは、この作品以外にはありません。

 

光学迷彩すらもう現実化しつつあります。

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この未来はもう目の前です。

2045年には、シンギュラリティ(技術的特異点)を迎えて、AIが人間を超えるらしい。

しかし、アニメ『攻殻機動隊』では、AIを超えた次の生命体を想定していました。