『防空壕』江戸川乱歩 空襲警報中の逢瀬は燃えるだろう

江戸川乱歩の短編に『防空壕』があります。

戦争中、空襲のさなかにある男女が防空壕で逢瀬を交わすストーリーです。

つまり、生死を間近に見ながらの性交。

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この短編自体は皮肉なオチがついています。

江戸川乱歩のシニカルな性格によるものと思われます。

 

けれども作品からは、戦争の最中であっても、生命体としての人間の男女は強く美しいものだと感じさせられました。

空襲を体験した江戸川乱歩だからこそ表現できたのです。

NHKもこんな話を紹介してほしい。

あらすじ

市川清一と名のる男の回想から始まる。

彼は、太平洋戦争末期に会社員で、会社から自宅へ帰るところだった。

B29の空襲を受けながら、恐怖と共に燃えさかる焼夷弾に美しさすら感じていた。

そんな中、ある小さな防空壕へ飛び込む。

電気はないので、懐中電灯で奥を照らすと、女がいる。

そばに来た女と話しながら、水をもらったりした。

ところが、その女の顔を照らすと驚くほどに美しい女だった。

その後、女と豪の中で激しく愛し合う。

 

翌朝になると女の姿は消えていた。夢だったのか。

いやそうではない。夢であるわけがない。

なんとしても再び会いたいと願った彼は、

何日も付近を捜す。

彼ら2人がいた同じ防空壕に隠れていたらしい、50歳過ぎの宮園とみという老婆(当時は、30過ぎでも老婆と言われていた)に出会うが、「そんな女は知らない」と言われる。

あの女は幻だったのか・・・・・・。

男は真実を知らずにいたことが幸せだったのだ

男は最終的に、

けっきょく、女のことはわからずじまいだった。あれからもう十年になる。その後も、ぼくはできるかぎりその女を捜し出そうとつとめてきたが、どうしても手がかりがつかめないのだ。あの美しい女は、神隠しにあったように、この地上から姿を消してしまったのだ。その神秘が、ひと夜のなさけを、いっそう尊いものにした。生涯をひと夜にこめた愛欲だった。

 顔もからだも、あれほど美しい女がほかにあろうとは思えない。ぼくはそのひと夜を境にして、あらゆる女に興味を失ってしまった。あの物狂わしいひと夜の激情で、ぼくの愛欲は使いはたされてしまった。

といった状態になる。

 

また、謎の美女との情交が感動的に描かれています。

 ぼくはそのとき、激しい情欲を感じた。この世の終わりのような憂慮と擾乱の中で、情欲どころではないというかもしれないが、事実はその逆なんだ。ぼくの知っているある青年は、空襲のたびごとに激しい情欲を催したといっている。そして、オナニーにふけったと告白している。

 

 だが、ぼくの場合は単なる情欲じゃない。ひと目ぼれの激しい恋愛だ。その女の美しさはたとえるものもなかった。神々しくさえあった。一生に一度という非常の場合に、ぼくがいつも夢見ていたぼくのジョコンダに出会ったのだ。そのミスティックな邂逅がぼくを気ちがいにした。ぼくはやみをまさぐって、女の手を握った。相手は拒まなかった。遠慮がちに握り返しさえした。

 

 東京全市がひとかたまりの巨大な火炎になって燃え上がり、空は煙の黒雲と火の粉の金梨地におおわれ、そこを颶風が吹きまくり、地上のあらゆる破片はたつまきとなって舞い上がり、まっ赤な巨人戦闘機は乱舞し、爆弾、焼夷弾は驟雨と降りそそぎ、天地は轟然たる大音響に鳴りはためいているとき、一瞬ののちをも知らぬ、いのちをかけての情欲がどんなものだか、きみにわかるか。ぼくは生涯を通じて、あれほどの歓喜を、生命を、生きがいを感じたことはない。それは過去にもなく、未来にもありえない、ただ一度のものだった。

 

 天地は狂乱していた。国はいま滅びようとしていた。ぼくたちふたりも狂っていた。ぼくたちは身についたあらゆるものをかなぐり捨てて、この世にただふたりの人間として、かきいだき、もだえ、狂い、泣き、わめいた。愛欲の極致に酔いしれた。

結局、50歳過ぎの富園とみが「美女」の正体であったとのオチなのですが、

その結末よりも、男が体験した生涯をひと夜にこめた愛欲を描写した場面にこそ価値があるのです。

『防空壕』はフィクションですが、

このような体験は、決して小説上のフィクションではなかったことが戦争体験記を読むとわかります。

 

同時代、ヨーロッパでは大勢のユダヤ人が強制収容所へと送られました。

収容所へ列車の中で、絶望しながらユダヤ人たちは、

泣きわめく者、怒る者

そしてセックスする者もいたと記されています。

その記述をした人は、「すべて生きる行為だった」と残しています。

『防空壕』がフィクションではなく、事実であった

こんな事実もあります。

tocana.jp

「まあ、当時はね、(空襲)警報が鳴ると、みんな、一目散に防空壕へと避難したものですからね、そのドサクサの中で何をやっていたとしても、意外と見咎められないものだったんですよ」


 自身がその幼き日にしばしば目にしていたという“大人たちの行為”についてそう証言するのは、近畿地方のとある小都市で余生を送る尾澤勝さん(仮名・83)。尾澤さんの話によると、日本中の国民が戦火に怯える毎日を送っていた終戦目前の時期、連日連夜繰り返される米軍機からの空襲の中、一部の大人たちは避難することもなく、あろうことか“許されぬ行為”を行っていたのだという。


「要はね、“道ならぬ恋”とでも言うんでしょうかね、あんな時代でも、よその旦那や奥さんと、そういう関係になっている人というのが、意外と多くいましてね。折りしも、夫や大事な人が出征してしまって、寂しい毎日を送っている女の人が多かった時代です。けれども、大っぴらにそういうことをやってしまうとね、今と違って、すぐに後ろ指を差される時代ですから、ああいうドサクサに紛れて逢瀬を重ねていたというわけなんでしょう」

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「いや、実際にはですよ、みんな大人たちはね、そういうことをやっている人らのこと、気づいていたと思うんです。けれども、それぞれが明日ともわからぬ命でしょう? だから見て見ぬふりをしていたんじゃないか? って。今思い返してみると、そういうことを黙認するような空気が、少なくともあのあたりに住む大人たちの間ではあったと感じますね」