ホラーといえばデビット・クローネンバーグ。デビット・クローネンバーグといえばホラー。
この人の映画は傑作と駄作の両極端である。
多分見る人によってもその評価が正反対になるのだろう。
私としては『ザ・フライ』が最高傑作だと思っている。
これは恋愛映画だ。恋愛ホラー映画。
ハインリッヒ・ハイネが
「恋に狂うとは、ことばが重複している。恋とはすでに狂気なのだ。」
との言葉を残している。
恋愛映画故に狂気の愛情を描いている。
ハエの遺伝子を受け継いでハエ化してゆく科学者を、しかもそれを喜んで自己観察している男を愛し続ける女が普通であるはずがない。
クローネンバーグは、最後にハエ男の頭を撃ちぬいてなお男を愛し続ける女を描く。
半端な狂気では不可能だろう。
町山智浩著の『ブレードランナーの未来世紀』を読んで、何故この監督の作品を好きなのかわかった。
大学時代の経験が同じだった、私と。私はSFやアニメ好きで物理学科だった。
クローネンバーグが理系の大学に進んだ時
「アイザック・アシモフのように科学者をしながら小説を書けばいい」と、まず科学の道を選んだ。
しかし、……「私が科学に求めたのは発見と創造と熱狂だ。しかし、科学者の勉強はまったく無味乾燥で息が詰まった」
『ブレードランナーの未来世紀』町山智浩著
そうなのだ、科学を志す者はまず数学という記述方法を学ばなければならない。
ところが本当に数学が好きでない者には無味乾燥で、続けて勉強していればなんとか創造的な世界が頭にイメージできるだろうと、突き進んでも更に無味乾燥になる。
『2001年宇宙の旅』のようなイメージを数学からくみ取るには、頭が文系過ぎた。
クローネンバーグは文学部に転向し、映画制作を始めた。そして苦労しながらも成功をおさめる。失敗も多かったが。
彼にとって科学はエロティックでエキサイティングなはずだった。
「素晴らしい科学者は、優れた作家や芸術家と同じくらい、創造的で狂ってるべきだと思う。わたしの映画には必ずといっていいほど科学者が登場するが、彼らはみんな私の投影だ」
『ブレードランナーの未来世紀』町山智浩著