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共産主義者の歴史1 「ナウシカは原始共産制を実現するため、世界を破壊した」

共産主義者の歴史 マンガ

『風の谷のナウシカ』アニメ版と漫画版との違い

一般には知られていないことですが、宮崎駿は共産主義者です。

若い頃には、東映動画労働組合の書記長も務めています。

「書記長」の響きが、いかにも共産主義者です。

 

私は『未来少年コナン』の頃からの宮崎駿監督ファンなのですが、昨今の監督の言動を見ていると、典型的な共産主義者であることを実感します。

 

宮崎駿の漫画版『風の谷のナウシカ』全巻を読むと、もっとよくわかります。

くれぐれも“漫画版”です。

アニメは一般向けに作られているので、毒にも薬にもなりません。

ただし、結末だけは、現実的な判断から作られていることがわかります。

アニメ版のクシャナが、風の谷を去った最大の理由は、巨神兵が崩れて消えてしまったからです。ナウシカの体を張った行動に感動したのは、理由のほんの一部に過ぎません。

 

巨神兵が残っていれば、風の谷はトルメキア領として占領されていたでしょう。

そうしなければ、他国との軍事バランスが取れないからです。

最終兵器である巨神兵が無くなった、風の谷に用は無かったのです。

 

そのあたりは、軍事オタクの宮崎駿はよく分かっています。

 

現代の核兵器に相当する巨神兵の存在が、世界のバランスを崩してしまった。

ペジテ都市国家がトルメキア国から攻撃されたのは、巨神兵を地中から発見したことが原因です。クシャナが風の谷を襲ったのも、ともかくも最終兵器である巨神兵を他国に奪われないようにするためだったのです。

 

話を漫画版に戻します。

 

共産主義者の心象風景を見るのには、漫画版『風の谷のナウシカ』を読むのが手っ取り早い。

共産主義者の妄想。歴史の必然らしい

共産主義者は人類の歴史が、以下のような発展段階をたどると妄想していました。

(宮崎駿をはじめ、今でも妄想している人が大勢います)

 

原始共産制社会

   ↓

古代奴隷制社会

   ↓

中世封建制社会

   ↓

近世重商主義社会(絶対王制の時代)

   ↓

近代資本主義社会(ブルジョワ革命により絶対王制を打破する革命の時代)

   ↓

プロレタリア革命(プロレタリア<労働者>革命による社会主義社会の到来)

   ↓

共産主義社会への移行

現代史をふりかえると、これらが全く間違いであり、それどころか、何千万人単位の犠牲者を出した、恐ろしい社会実験であったことが証明されています。

 

この歴史の発展段階は、冒頭にある原始共産制社会の定義から間違っていました。

原始共産制社会では、血縁関係を基礎に土地や生産手段を共有して、仲良く生産・分配・消費を行っていたので、階級が存在しなかった。

と定義したのです。

 

一般常識に照らしても、間違いであることがわかります。

 

人が集団で存在する社会には、どんな小グループであっても能力や容姿などによって階級が存在します。

そんなことは小学生でも知っています。

 

彼らは、原始共産制社会というありもしなかった人類の歴史を信じ込んでいたのです。

ソビエト連邦の崩壊の影響は大きかった

宮崎駿監督にとって、ソビエト連邦の崩壊は衝撃だったのでしょう。

信じ込んでいた神が、虚像だったと知らされたのですから。

 

そこで、歴史が発展するとの結論を捨てて、ユートピアのような原始共産制社会をもう一度と考えたのでしょう。

漫画版『風の谷のナウシカ』のラストでは、全ての破壊が描かれます。

 

破壊に次ぐ破壊。血みどろの戦いを通して得られたものは、廃墟でした。

野口悠紀雄が『「超」整理日誌』の中で、ナウシカよりクシャナを評価していましたが、その意味がよくわかります。

ナウシカは、理想を語り人民を振り回すだけで、結果は焼き尽くされた人類の遺産でした。まるで毛沢東かポル・ポトのように。

 

クシャナは、トルメキア国に帰還して国を作り上げてゆくでしょう。

ではナウシカは?

あの蟲使い達や土鬼の人々はどうやって生活するのか。

もし、人類の英知の結晶である墓所(人工の生命体)が生きていれば、死ななくてもいい人間が大勢いた筈です。その人達にとってナウシカの理想などは、どうでもいいことです。

 

ナウシカは、正確には宮崎駿です。

作者ですから。

漫画版『風の谷のナウシカ』の結末は、恐ろしい。

ナウシカは、巨神兵を使って人類の叡智の全てを破壊します。

人類が積み上げてきた文明や科学を。

原始共産制社会に戻してしまったのです。

あんな徹底的な破壊の後に、土鬼の人々や蟲使い達はどうやって生きていけるのでしょうか。

漫画だから許されるのなら、AIの描いたCGも許されるのでは

漫画だからと言ってしまえば、仕方ないかもしれません。

しかし、宮崎駿の最近の言動からするとあまりに無責任な結末でしょう。

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AIの描いた人の動きが障碍者に似ているからといって、頭ごなしに「生命に対する侮辱」と放った言葉を借りれば、ナウシカのやったことは

人類が作り上げた世界に対する侮蔑です。

 

まるでアドルフ・ヒトラーです。

ソビエト軍が首都ベルリンに迫った時、彼は、ベルリンを爆破して廃墟にするよう命令していました。(結果として実行されませんでしたが)

彼も共産主義者の亜流である社会主義者だったのです。

ナチ党とは国家社会主義ドイツ労働者党の略称だったのですから。

 

革命家の頭の中はこうなっているのか。

理想のためなら全てを殲滅することもためらわない。

 

実を言うと、宮崎駿監督の心象は何となく理解できるのです。

私も革命家気質だからかもしれません。

鬼束ちひろが帰ってきた。アルバム『シンドローム』

音楽

壊れていた鬼束ちひろ

好きだった歌手が壊れていくのを見るのは辛かった。

鬼束ちひろの曲は、ほとんどを聴いたのですが、

とりわけ『Infection』(=感染)は大好きで、何度聴いたかわからないほどです。

www.youtube.com

Infection』は、2001年9月7日に発売されました。

実のところ最初に聴いた時は、歌詞の「爆破して~♪」が少し大げさかなと思っていたのです。

ところが、発売4日後にあの“9.11同時多発テロ”が起こりました。

「爆破して飛び散った 心の破片が そこら中できらきら光っているけど」の歌詞そのままの光景をTVが実況していました。

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ある意味シンクロニシティなのかもしれません。

シンクロニシティとは、心理学者のカール・グスタフ・ユングが提唱した「意味のある偶然の一致」のことです。

 

鬼束ちひろは、情緒不安定さが魅力的でした。

ユングもそうだったように、やや統合失調症気味だったのでしょう。

徐々に不安定さが増していきました。

 

2010年8月、同棲していた男に殴られ、顔面骨折、肋骨骨折などで全治1か月の重傷を負ったとか。

2012年6月、ツイッター上の「あ~和田アキ子殺してえ」事件など。

http://getnews.jp/img/archives/imp/and_227344.jpg

http://getnews.jp/img/archives/imp/and_227344.jpgより引用

とうとう本当に精神を病んでしまった、と諦めていました。

外見もこんな感じに。完全に振り切っています。

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鬼束ちひろ、復活!

元の鬼束ちひろに戻っていました。

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www.youtube.com

曲調も歌詞も、以前の様な鬼束節です。

萩原朔太郎の詩は、春が旬

季節

萩原朔太郎は狂気を制御できた人

まだ桜は咲いていない時期です。

しかし、木々を見ればもう準備している様子。

こんな時には、心がざわざわします。

気分が安定しないときには、より不安定な人を見ると安心するようです。

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萩原朔太郎の詩に「櫻(桜の旧字体)」があります。

  櫻

櫻のしたに人あまたつどひ居ぬ

なにをして遊ぶならむ。

われも櫻の木の下に立ちてみたれども

わがこころはつめたくして

花びらの散りておつるにも涙こぼるるのみ。

いとほしや

いま春の日のまひるどき

あながちに悲しきものをみつめたる我にしもあらぬを。

青空文庫 純情小曲集より

春先になるとこの詩を読み返して、メランコリックになるのが習慣なのです。

 

朔太郎は心を病んでいたと思い込んでいました。

作品はもちろん、写真からもそんな気配がしていたからです。

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長女の萩原葉子が書いた『父・萩原朔太郎』からすると、病弱で孤独な人であったけれども、狂気に陥っていたわけではないようです。

狂死した中原中也とは違うようです。

ある意味、狂気をコントロールして、創作できたのでしょう。

ホラー作品としての萩原朔太郎の詩

彼の詩は、一種のホラー作品でした。

「蛙の死」はその代表作です。

教科書に載っていない詩ほど、インパクトがあります。

 蛙の死

蛙が殺された、

子供がまるくなつて手をあげた、

みんないつしよに、

かわゆらしい、

血だらけの手をあげた、

月が出た、

丘の上に人が立つてゐる。

帽子の下に顔がある。

青空文庫 <月に吠える>より 

無邪気さの中の猟奇感。そして謎の「丘の上に人が立つてゐる」情景。

ホラーそのものです。

子供の時にこんな詩を読んでおきたかった。

 

映画『ジャガーノート』なんど観ても飽きない。鬱状態の時はいい薬

映画

恐怖と緊張の刺激が良い

春のせいなのか、鬱状態です。

活字の多い本は読むのが苦痛になるので、避けます。

こんな時は、何回も観た映画を見るのが良い。

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『ジャガーノート』1974年公開の英国映画。

少年時代に爆弾処理班に憧れた映画。

爆弾処理の古典的映画と言ってもいいのでは。

 

大西洋を航海するブリタニック号が出港するシーンから始まる。

船には1200人の乗客と乗組員が乗船している。

出港後、船会社に爆弾犯から連絡が入り、時限爆弾を仕掛けていることが告げられる。

警察は身代金を払うことを拒否し、そのため爆弾処理班が海軍から呼ばれる。

リーダーのファロンとチャーリーそして他のメンバーが空輸されて船にたどり着く。

犯人(バックランド)は逮捕されるが、ファロンの元上官だった。

バックランドとファロンの駆け引きが始まる。

 

処理中に相棒のチャーリーが、結果として、ファロンの身代わりになり爆死します。

それを受けて、冷静だったファロンが、船長に対して感情をむき出しにして荒れる場面が好きでした。

映画では描かれていませんでしたが、多分最後の相棒だったのでしょう。

「ジャガーノート」って何?

ところで、ジャガーノートが英語ではないことを大人になって知りました。

ジャガーのノート。長い間、何故犯人は「ジャガーのノート」と名乗ったのか疑問だったのです。

当時はインターネットも無いし、映画のパンフレットも無いので分からなかった。

しかも、TVで観た映画なのでなおさらです。

 

「ジャガーノート」とは、インドの宗教であるヒンドゥー教に登場する、ヴィシュヌ神の八番目の化身であるクリシュナのことでした。

巨大で何物も止めることができない力を意味するそうです。

Wikipediaジャガーノートより

ジャガーノート、ジャガナート (juggernaut) は、止めることのできない巨大な力、圧倒的破壊力の意味を持つ単語。イギリスでは巨大な重量を持つトラックの意味も持つ。
「ジャガーノート」の語源はヒンドゥー教のヴィシュヌ神の八番目の化身であるクリシュナの異名、ジャガンナート である。イギリスの植民地時代のインドでは、ラト・ヤートラー、(「山車の行進」)祭に際して狂信的ヒンドゥー教徒が救済を求めてジャガンナート像を載せた山車の車輪の下に身を投げたとキリスト教宣教師が本国に伝えたことによる。

 

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刹那的な生き方をする爆弾処理班のファロンと、現世での楽しみを人生とする船長との対比が見事に描かれています。

私は、今でも刹那的なファロンが好きなのです。

『あそびあそばせ』涼川りん。これはスマッシュヒット作品

マンガ

(女子校である)女子中学生の美少女3人が主人公

この繊細かつ美しい絵、どちらかと言えば少女マンガ系です。

なのに、内容はややホラーでシュールなギャグマンガ。

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野村 香純、オリヴィア、本田華子の3人があることがきっかけで、遊び人研究会を作り、その学園生活が描かれます。

遊び人研究会って……。すでにこの部活名がおかしい。

 

野村香純は、眼鏡をかけた賢そうなキャラですが、じつは隠れバカです。 

オリヴィアは、見かけは金髪碧眼の西洋人。しかし、日本生まれの日本育ち。そのため英語は全く駄目。トータルに見て、ただのバカです。

本田華子がダークな子

そして、本田華子。この人物が最高にダークで共感できます。頭は良いのですが、努力型です。そして何より、バカのオリヴィアに「性格が汚い」と言われるほど腹黒バカです。

彼女は1学期の期末試験に際して、必死に勉強し平均98.2点を取り、学年1位を確信するのですが、結果は2位でした。

1位だったのは「彼氏と勉強していたもん」と軽く答えている同級生のみさちゃん。

それに対して、

「おかしい…何か間違っている…」

「私はおしゃれも恋愛も我慢して勉学に励んでいたというのに…」

「あの様子だと私の方が絶対、勉強時間長かった…」

「何故、人生を舐め腐っているリア充のクソビッチに負けるの?」

と心の中で悪態をつく。

まるで、オタクのおっさんです。

このマンガは笑える。表紙詐欺を充分に味わえます。

 

ヤングアニマルDensi(ここで数話読めます)