今日の中国83 リアル「空港男」と人道的な台湾

日本と違い中国の人権活動家は大変です。

共産党政権を批判してタイに亡命した男性(中国人)が、謎の追跡者に追われて出国した後、台湾の空港に長期間寝泊まりする事態になっています。

トム・ハンクス主演の『ターミナル』をそのままリアルに体験しているのです。

 

映画『ターミナル』は、主人公が米国の空港に滞在中、母国がクーデーターにより消滅し、帰国することも空港を出ることもできなくなった「空港男」の物語でした。

モデルとなる男の話はあるそうで、映画としてはハッピーエンドです。

しかし、現実の 「空港男」には母国は存在するが、帰国すれば逮捕される悲惨な運命です。

 

ただ、彼の手記を読むと台湾がまともな国家であることがわかります。

プレミアムラウンジを使用した32万円も請求されず、寝袋や1日3回の食事も差し入れされているとか。

普通の国なのです

bunshun.jp

《世界初公開、「空港男」の手記》

 日本のみなさんこんにちは。顔伯鈞(顔克芬)です。昨年(2018年)の3月から5月にかけて、私が働いていた診療所には何者かによる通報が相次ぎ、よくわからない中国人(※中国政府関係者と見られる)がタイ警察を伴ってしばしばガサ入れにやって来たのですが、私はなんとか逃れていました。

 

 しかし、診療所のある従業員が警察に連行されて10時間も拘束され、その従業員が釈放後に「警察が捕まえようとしているのはあなた(=顔伯鈞)だ」と教えてくれたので、私は非常に焦りました。

 

 生活の不安定さと悩みの多さで、私の頭はわずかな期間のうちに円形脱毛だらけになってしまいました。ガサ入れが繰り返されたことで診療所は2ヶ月にわたり営業を停止せざるを得ず、ついに昨年6月に移転したのですが、そこにも何者かが追跡してきていました。

 

 8月下旬、タイ北部にいる同じ人権活動家の劉興聯が「もしバンコクが危険ならこちらに来て難を逃れては」と連絡をくれたんです。そこで9月10日に劉のところに着いたのですが、こちらでも数日前から何者かが近くに住みはじめたことがわかったんです。

 

 その男は非常に怪しげで、年齢は30歳足らず、中国国内では退役軍人で派出所でも勤務していた人物だというのです。彼は何をどうやってか、劉が身を寄せている地元の高校のガードマンになり、しかし給料ももらわず、非常に簡素な住居に住んで、学生や先生たちと一緒に食事を摂っているのです。非常に不安を覚えさせる、怪しい男でした。

 

「密入国したタイから脱出しなければいけなくなった」

 この時期は、雲南省の景洪市で密航者幇助罪の名目で逮捕(2018年2月)されていた人権運動シンパの張?の裁判が開かれようとしており、弁護士によれば証拠不十分なので当局側は証人になる関係者を捕まえようとしているとのことでした。

 

 私と劉はいずれもこの張?の助けを得てタイに亡命しています。もし、私たちが逮捕されて中国国内に送還されれば、張?の裁判の有力な証人にされてしまいます。なので、中国共産党当局の私たちへの追跡が、非常に大々的におこなわれるようになったというわけです。

 

 また、劉の体調問題もありました。彼は2015年に中国国内で9ヶ月間投獄されてから非常に健康を損ない、副腎腫瘍・糖尿病・高血圧などの疾病に悩まされ、行動も大変です。タイはすでに非常に危険で、もはやとどまり続けることはできないと考えました。


 これらの理由から、私たちはタイからの脱出を決めました。とはいえ、私はタイに密入国していますから、パスポートはまだ有効ではあるもののタイの入国スタンプが押されていません。そこで地元の旅行会社を通じて、なんとかタイに正式に入国したことにして、パスポートを合法的に使用できる状態に戻しました。

 

 中国のパスポートを持つ私たちが自由に行ける国は非常に少ないうえ、そうした国家の多くは中国との関係が良好なので、私たちが渡航してもまったく安全ではありません。しかし、台湾ならなんとかなるのではと考え、逃亡先に選ぶことにしました。

 

 空路で(当該国への渡航ビザがなくとも)第三国に出る方法も発見しました。バンコクから台湾を経由して北京に「帰国」するチケットを買い、台湾側の空港で北京行きの飛行機を故意に乗り逃せば、ひとまずタイを脱出して中国にも戻らないことは可能になるのです。

 

 こうやって台湾に到達して、その後のことは現地で考えていく、難民として別の第三国による救援をあおいでいくという計画です。

 

「空港男」生活がはじまる

 さいわい、バンコクの空港での出国手続きや搭乗はスムーズに進みました。フライトの10時間足らず前にチケットを購入したので、追手が対応するよりも前にタイを離れられたのです。これは、劉が以前にタイからの出国を図った際に空港で妨害されてしまった経験があることから、考え出したアイデアでした。

 

 台湾の桃園国際空港に到着後、私たちは乗継便である北京行きの飛行機に乗らず、空港内の第1ターミナルと第2ターミナルの制限エリア内を上階から下階まで歩き回りました。ちょっと落ち着ける場所を探して、劉とこれからどうするか相談するつもりだったのです。

 

 やがて、歩いてお腹がすき、牛肉麺の店を見つけて劉と麺をすすっていたところ、台湾側の入管(訳者注.原文では「移民署」だが今後はわかりやすくするため「入管」と書く。台湾の内政部移民署は出入国管理も主管する)のスタッフがやってきて、私たちの身分を確かめてから入管の空港オフィスに連れていき、取り調べをはじめました。これが、現在まで2ヶ月半近くも続いている台北での空港生活のはじまりでした。

 

 私たちはそれからずっと、桃園国際空港第1ターミナルの4階で生活しています。最初の5日間は台湾当局側からプラザ・プレミアム・ラウンジに滞在するよう手配されました。ただ、そのラウンジは食事は食べ放題で眠ることもできるので非常に素晴らしい場所ではあるのですが、滞在費が高すぎます。


 5日後にプラザ側から提示された利用料は2人で9万NT$(約32万円)。もちろん私たちに支払える額ではなく、滞在は続けられません(なお、支払い能力がないことがわかってから、台湾側からこの費用の請求はありません。大変感謝しています)。

 

 そこで台湾当局は再び別の場所を手配してくれました。これはプラザの休憩室で、ここでは無料で滞在でき、空港当局が1日に3回の弁当も出してくれたのです。プラザ側も私たちのために小さな部屋を用意してくれました。室内にはソファーがふたつあり、そこで眠るのです。また移民署が寝袋を提供してくれました。こうして、私たちは現在まで、この部屋で毎日寝起きをすることになったのです。

 

「台湾の空港スタッフはめちゃくちゃ優しい」

 その後、台湾側の大陸委員会(中国大陸に関係する業務を主管する部署)のスタッフが何度かやってきました。私たちがこれからどうするつもりか知ることも目的のようですが、私たちの生活についても大きな関心を払ってくれました。彼らは友好的で対等に話をしてくれて、行政の執行者として非常に真面目で礼儀正しく仕事をなさっている感じがして、非常に素晴らしい印象を持ちました。

 

 また、空港での日々では入管のスタッフたちがずっと私たちの飲食や宿泊場所を世話してくださっています。彼らの様子も非常に真面目で誠実で、さまざまな局面で「中華文化の礼儀は台湾には残っていたのだ」と感じさせるものがありました。台湾側の人たちと接する中では、人間的な優しさや温かみを感じることが多く、人道主義の素晴らしさをつくづく痛感して、感謝しています。

 

 空港内の入管スタッフの人たちは署長・副署長・大隊長・隊長から一般職員にいたるまでみな人道的で、本当に驚いています。みなさん、ことあるごとに私たちのところを訪ねてくれて、「大変でしょう」と自分のポケットマネーで購った服やフルーツを差し入れてくれたりもするのです。

 

 私たち自身、自分たちが難民として台湾に逃げ込む行為が台湾当局に大きな迷惑をかけることはよく理解しており、大変申し訳なく思っているのですが、ゆえに台湾の入管スタッフたちの優しさや真心が身にしみます。

 

「売春施設で働いていた」……ネット上で乱れ飛ぶ中傷情報

 もっとも、よいことばかりではありません。台湾に逃げ込んでから、「L」という人物(原文では実名)を中心とする一団がネット上で私たちへの大規模な攻撃をはじめました。彼女らは台湾当局や世論向けに、私たちを陥れる情報を提供したのです。

 

 これらの怪情報は荒唐無稽なもので、私が働いていた診療所が売春施設だったとか、私の写真の上に好き勝手なキャプションを付けたものをバラ撒いたりとか、いろいろとあります。このようにして追い詰めてくる行為には、共産党当局のなんらかの意図的な裏工作が関係しているように思います。

(訳者注.以下、具体的な話が続くが、裏が取れないことと紙幅の都合からカットする)

 

 目下、ある第三国が私たちを積極的に救援する動きを見せてくれており、同国の移民関連部門も難民としての受け入れの意向を明らかにしてくれていますが、もろもろの煩瑣な手続きがあり、私たちは最終的な決定を待っているところです。

 

 私たちは中国共産党当局が時代の潮流に従って、民主的な憲政の確立を積極的に推し進め、本当の意味において「自由で民主的で豊かで強い」中国を建設することを求めています。中国はスタンドプレーをおこなってはならず、仮にそうすれば中国は再び苦境に陥るだけで、人道主義上の災難を生み出すだけです。

 

 私たちの意見としては、国際社会の助けを求めたく、またアムネスティなどの国際人権組織から広く関心を集めたく思っています。私たちが第三国に難民として受け入れられる処置が順調に進むことと、妙な妨害が入らないことを祈るばかりです。